個人開発で当たりを引いた、と思った瞬間があった。
「メスガキ英語学習」という、挑発的な口調のキャラと英語で会話する AI 英会話を作って、記事にした。一発ネタに見えるけど、自分の中では本気の一手だった。そしてそれは、実際に Kotonia 本体以外で一番強い集客フックになった。
でも、しばらくして検索結果から消えた。自分が書いた原本ではなく、クロスポストしたはずの Zenn の記事だけが残っていた。
この記事は、なぜこのニッチを選んだのか、どう刺さったのか、そして何を失ったのかの記録です。実装の技術的な詳細ではなく、その手前と、その後の話。
なぜ「メスガキ英会話」だったのか
まず前提として、AI チャット市場はもう Anthropic / OpenAI / Google の汎用モデル勝負になっている。個人開発で正面から殴り合っても勝てない。コストでも、モデルの賢さでも、サプライヤー本人には勝てない。
だから自分は最初から「残存領域」を狙うと決めていた。「特定のペルソナ × 音声 × ロールプレイ」という没入体験は、大手の R&D 優先度が低い。社内承認も通りにくい。ここなら 1 人でも刺せる。それが Kotonia 全体の戦略だ。
その中で「メスガキ英会話」を選んだ理由は、突飛に見えて、実はかなり打算的だった。
- 検索競合が事実上ゼロ。「メスガキ 英会話」で殴り合っている SaaS は存在しない。一方でニッチ需要は明確にある(同人音声・VTuber 文化の延長線上)。大手が降りてこない小さな山なら、1 ページで独占できる。
- 記憶に残るので口コミに乗る。「AI 英会話 Kotonia です」より「メスガキに煽られながら英会話するやつ」の方が、何十倍も SNS でシェアされる。これは大手が絶対に真似できない差別化だ。承認が下りない。
- 製品本体は同じ。Kotonia の音声会話エンジンをそのまま流用して、ペルソナだけ差し替える。コードはほぼ増えない。当たれば儲けもの、外しても損が小さい。
尖って見えるけど、リスクとリターンの計算としては、むしろ堅実な賭けだったと思う。
ユーザーは「語学学習」に、自分からはたどり着かない
実はもう一段、深い話がある。
Kotonia の音声エンジンには Qwen3-TTS の CustomVoice を採用している。オープンウェイトの音声合成の中で、外国語の表現品質が頭ひとつ抜けて高かったからだ。だから当初から、語学学習は有力なユースケースとして見込んでいた。
ところが、実際のユーザー行動の統計を取ってみると、現実は違った。ユーザーは自分から「語学学習」にはたどり着いていなかった。 「AI と外国語で話せます」と置いておくだけでは、人は動かない。
マーケティングの教科書の、たぶん一番最初のページに書いてあることだ。漠然とした便益ではなく、ペルソナを深く分析して、個別で具体的な、想像しやすいユースケースを提示し、ユーザー自身に「あ、これ自分のことだ」と想起させる。そこではじめて人は動く。
「AI 英会話」では弱い。では、具体的で、想像しやすくて、思わず試したくなる入口は何か。
そこで浮かんだのが、メスガキだった。
なぜメスガキと語学学習は、本質的に相性がいいのか
ここは半分こじつけに聞こえるかもしれないけど、自分は本気でそう思っている。
自分は英語と中国語が話せる。その経験の中で、語学学習について強く感じたことが2つある。
ひとつ。初心者には、細かい間違いを指摘するより、とにかく量を話させる方がいい。 初心者は圧倒的に経験が足りない。だから、似た経験の蓄積による学習率の低下もまだ起きない。この段階では細かいことを気にさせず、片言でもいいからとにかく話させて、「片言でもコミュニケーションは成立する」という成功体験を積ませるのが効く。
ふたつ。でも、この戦略には限界がある。 中級者になると、むしろちょっとした文法の不自然さや、「ネイティブならこう言うよ」というニュアンスを、少しずつ会話に混ぜていく方が伸びる。ところが、これは初心者向けのやり方と大きく違う。だから、ここでステップアップに躓いて、やる気を失う人がとても多い。直されることが増えた段階を「怒られている」と感じてしまう。
この「中級者の躓き」を、どう和らげるか。ここでメスガキがハマる。
メスガキに文法の間違いを煽られても、誰も本気で傷つかない。むしろ、煽られて、それを楽しむのがメスガキ文化圏のマナーみたいなものだ。「ぷw、その言い方ネイティブはしないって」と言われても、笑って受け取れる。
普通のチューターに同じことを言われると「ダメ出しされた」と感じてしまう指摘が、メスガキ越しだと「煽り芸」として楽しく受け取れる。指摘の心理的コストを、キャラクターが肩代わりしてくれる。 これは語学学習と、本当に相性がいい。
一発ネタに見えて、実は「中級者が一番折れやすいポイントを、文化的な仕掛けで支える」という、わりと真面目な設計だった。
半分は、成功した
そして実際、半分は成功した。
ランディングページ(/use/mesugaki-english/)と、作り込みの記事を出したあと、「メスガキ英会話」や類似のクエリで、説明ページと自前記事が検索の1位・2位を取った。
狙い通りだった。競合がいないニッチで、ちゃんと刺さるコンテンツを置けば、上位は取れる。Kotonia 本体のブランド名以外で、これが一番強い流入のフックになっていた。バズる手応えも、ユーザーに語学学習の価値を出せている感触も、両方あった。
個人開発で「仮説を立てて、作って、検索で取る」がここまで綺麗に回ったのは、正直うれしかった。
そして、消えた
ところがある日、何気なく同じクエリでもう一度検索した。
自分の記事も、説明ページも、ヒットしない。
代わりに、クロスポストしたはずの Zenn の記事だけが、1位で上位表示されていた。
自分のサイトに書いた原本が検索から消えて、ミラーのつもりだった Zenn だけが残っている。最初は意味が分からなかった。canonical で「正規 URL は自分のサイト」と指定したはずだった。だから Zenn に全文を置いても大丈夫、と思い込んでいた。
この違和感が、長い調査の入り口になった。結論だけ言うと、Zenn では canonical が効いていなかった。自分が良かれと思ってやっていた「全文クロスポスト + canonical で自前を正規化」は、強い外部ドメインに本文と検索評価をそのまま渡す行為になっていた。
その調査の全容と、運用をどう変えたか(teaser に逃げるのではなく、別バージョン2本を有機リンクで繋ぐ方針に切り替えた経緯)は、別記事にまとめた。
→ Zennにcanonicalを書いたつもりだったが、実際には効いていなかった話
この記事(メスガキ編)は、その「事件」の発端そのものだ。一番うまくいっていたフックが、SEO の仕組みを理解していなかったせいで、自分の手から外部ドメインへ流れていった。
何を学んだか
悔しさは置いておいて、学びは2つある。
ひとつは、ニッチ戦略そのものは正しかったということ。競合ゼロの残存領域に、記憶に残る企画を、本体流用で安く出す。これは個人開発の勝ち筋として再現性がある。実際に検索で取れた。仮説は当たっていた。
もうひとつは、取ったものを守る設計が抜けていたということ。コンテンツで上位を取れても、それをどこに、どう置くかを間違えると、評価ごと外部に渡してしまう。作る力と、それを自分の資産として残す力は、別のスキルだった。
だから今は、同じ題材を「技術版(Zenn)」と「戦略・思想版(この記事)」に分けて、別インテントで書き、有機リンクで繋いでいる。canonical という小手先に頼らず、中身を分けることで両方を index させて、両方読んでもらう。この記事自体が、その実験の一部でもある。
横展開はまだ生きている
落とし穴に落ちたとはいえ、企画の生命力は死んでいない。
メスガキ英会話の反応を見て、メスガキ中国語会話・韓国語会話への横展開を考えている。Kotonia の TTS は 10 言語対応で、中国語・韓国語の女性話者も選べるので、ペルソナの口調と system prompt を言語に合わせて書き直すだけで増やせる。
「優しい英語の先生」「TOEIC スパルタ」みたいな別軸のペルソナも、同じテンプレで1日あれば追加できる。当たったニッチの隣には、だいたい次のニッチがある。
実装の詳細を読みたい人へ
この記事は「なぜ作ったか・どうなったか」の戦略と顛末に絞った。
ペルソナをどう設計したか(メスガキ × ツンデレのハイブリッド、感情グラデーション、煽りの頻度制限)、ASR の言語バイアスをどう回避したか、Gemini の音声入力で発音矯正までスコープを広げた実装、system prompt の全文公開——といった技術的な中身は、Zenn に別記事として書いた。
→ メスガキ AI に英語を煽られながら学ぶ — ペルソナ設計と Gemini 音声入力で「発音矯正」まで届けた話
実物は /use/mesugaki-english/ で公開中。煽られに行ってみてください。
